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    脳の世紀シンポジウム 音楽と脳

    2015/09/17

    昨日は有楽町朝日ホールにて、第23回目の脳の世紀シンポジウムが開催され、今回は「音楽と脳」というタイトルで、主に音楽にフォーカスした脳の機能や障害、今後の治療効果など大変有益な情報に溢れ、役立つ内容ばかりでした。


    初めに登場されたのが、世界的ピアニストの舘野 泉さん。
    脳出血により右半身付随になるも、不屈の精神で見事に左手のピアニストとして復帰を果たされ、80歳を目前に、その繊細な音で多くの方を魅了されています。

    この日は、スクリャービンの夜想曲をはじめ、舘野さんのために作曲された左手のための楽曲を演奏してくださり、その音色に会場中が温かい雰囲気に包まれました。

    対談形式にて、【左手で弾くということ】というテーマでお話してくださいました。
    半身付随になり、これまでの膨大なレパートリーを一瞬にして失ったにも関わらず、ある日ヴァイオリニストの息子さんがピアノの上に置いた左手のための楽譜を見て、「1年後に日本全国でリサイタルをやる!」と宣言されたというお話。
    左手での演奏活動に大変満足しておられ、「与えられた楽器で最良の演奏をするのが演奏家」という信念をお持ちで、演奏はもちろん人間的にも尊敬するピアニストです。
    これまで舘野さんのために作曲された左手のための曲は、コンチェルトや室内楽も含め72曲にのぼるそうです。

    今年発売された舘野さんのご著書「命の響」~左手のピアニスト、生きる勇気をくれる23の言葉~は、音楽家や音楽を学ぶ方にとってはもちろん、人間が生きていく上で大変重要なヒントが数多く隠されている1冊です。
    教室に置いてありますので、ご興味がおありの方は是非!

    続いて、4名の先生方のプレゼン。
    まずは脳を知るという切り口で、国立精神・神経医療研究センターの本田 学先生による講演
    【耳に聞こえない高周波が音楽の感動を高める】

    高音質で話題のハイレゾリューション・オーディオ(ハイレゾ)。
    人間の耳で聞き取れるのは20kHzまでですが、それを遥かに超えた高周波数を記録・再生できるハイレゾは、明らかに美しく快く感動的に感じられるということから、高周波が脳に与える効果「ハイパーソニック・エフェクト」を脳科学の観点からお話してくださいました。

    LPとCDでは、LPの方があたたかみを感じる、といった音質の違いが話題になることもあったようですが、CDやDVDの規格が22kHzに決められたのは、これまでの音質実験では脳を考慮していない、という背景があったそうです。
    人間の耳には聞こえない高周波を豊富に含んだ音を聴いている時には、脳の快感中枢が強く活性化されるのだそうです。
    ただ、スピーカーを通して全身で聴いた場合には効果があるが、イヤホンを通してでは効果がないということでした。
    したがって、この聞こえない高周波は、体にあてなければ効果がないという興味深いお話でした。
    電子ピアノが普及した昨今、ヘッドホンをつけて練習するよりも、音を全身で感じながら練習する方が明らかに効果が高いのも納得です。

    また、多くの高周波を含む環境は熱帯雨林であるということ。
    都市は建物に遮断されますが、熱帯雨林には多くの昆虫が生息しており、その昆虫の3分の1は人間の耳には聞こえない音で鳴いているということです。
    脳を取りまく環境を、例えばハイレゾなどのメディア環境を変えていくことで、今後うつ病や認知症などとの関連、研究が進んでいくのではないかとの、大変興味深いお話でした。

    続いて、脳を守るという切り口で、三重大学大学院医学系研究家の佐藤 正之先生による
    【神経疾患に対する音楽療法:音楽がもたらす脳の可塑性】

    フランスの作曲家 モーリス・ラヴェルは楽譜が書けないという右手の運動障害 失音楽症がありました。

    現在認知症患者は、全国に426万人おり、2025年には少なくとも700万人に達すると推定されているそうです。
    予防には運動が推奨されていますが、それに音楽が加わった場合、認知機能の効果をさらに高めるということが実験から明らかになったというお話でした。
    音楽が加わることで、リズムに合わせる、などの認知機能訓練がなされるという解説は納得です。
    ただ、注意点として、リハビリにおける音楽活用の歴史は古いが、まだ研究は始まったばかりであり、薬物療法と同じく、音楽療法も行う対象と方法を間違えると思わぬ副作用を生じかねず、雰囲気や思い込みでなく科学的事実に基づいた音楽療法の確立が求められる、という可能性とともに重要性を帯びた分野は、音楽に関わる者としては曖昧な知識だけではなく、心しておかなければと実感しました。

    続いて、脳を育むという切り口で、沖縄科学技術大学院大学の杉山 陽子先生による講演
    【聴くことで発達する脳~鳥が歌を学習する仕組み】

    多くの日本人が英語のLとRの発音の違いを聞き分けられないのは、生まれてから大人の言葉を聞いて形成された神経回路では、日本語に含まれない音を含む外国語の音を上手く処理できない、ということです。
    ソングバードの1種であるキンカチョウを用いた実験で、親の歌を聴き、それを真似する過程で自分の歌を聴き、それを擦り合わせることで学習するという仕組みですが、キンカチョウには臨界期があり、子どもの頃にしか学習できないのだそうです。
    印象的だったのは、記憶形成に関する内容で、例えば外国語を学ぶ際に、

    CDやDVDの音声のみ聞く場合→効果なし
    生身の人間から聞く場合→効果あり

    という実験があるそうです。
    鳥が歌をスピーカーから流すのみでは学習しないのと同様、そこに自らの意欲という内的要因が加わらなければ効果がないというように、どう学習しているかによって変わるというお話は、ピアノのレッスンにおいても然り、動機付けが大変重要なのだと、興味を持たせるのも大人の大きな役割だと実感します。

    続いて、脳を創るという切り口で、上智大 音楽医科学研究センター長である古屋 晋一先生による最後の公演。
    【音楽家の脳~脳のやわらかさの光と闇】

    自らもピアノを演奏なさる古屋先生は、音楽家の脳と身体について、神経科学、生体工学の観点から研究を行っておられ、音楽家は「文化の担い手」と仰るほど音楽家のQOLを守るためにかける姿勢には、本当に頭が下がります。

    何世紀も前の偉大なる作曲家が遺した文化遺産たる音楽を、現代の今でなお私達が生で鑑賞できるのは、文化の担い手である音楽家のおかげと言っても過言ではないと仰います。
    それほど音楽家の方を心から尊敬していらっしゃるのが伝わってきます。

    しかし膨大な練習が時に神経疾患を引き起こすという闇の部分にもフォーカスし、その治療法の確立、またこのような神経疾患を引き起こす前に予防をする、そのような研究・取り組みに心血を注いでいらっしゃる大変尊敬できる先生です。

    神経疾患の代表格は「ジストニア」と言われる、古くはロベルト・シューマンも苦しんだ病気。
    現代の今もなお、病態の解明はおろか、完治に至る治療法は確立されていないこの病気。
    複雑な動きを高速度かつ高精度に行う反復練習が原因と言われますが、痛みはなく、例えば演奏中のみ指が丸まったり伸びたりし、意図せずコントロール不能になるなど、医者からすれば大変診断が難しいものです。

    その背景には、音楽家の脳と非音楽家の脳を比較すると明らかに異なるように、学習により構造や機能が変化するという脳の可塑性(かそせい)のメカニズムが隠されているということでした。
    昨今では研究も進み、新しい神経リハビリテーションの確立に向け、医工芸と連携して研究がなされているようです。
    また、IT技術の発達により、MIDIデータでジストニアかどうかを判断したり、更にはどの指がジストニアなのかを判断する電子ピアノも登場するかもという情報には、驚嘆するとともにテクノロジー発達の驚異的なスピードを感じずにはいられません。

    最後に古屋先生が仰った、
    「脳科学は文化を護る」という言葉が大変印象的でした。
    最後には古屋先生のピアノ演奏もあり、またもや会場中に音楽の素晴らしさと幸せな時間がもたらされ、今回のシンポジウムの内容の深さと有益な情報、また日々研究に取り組んでおられる先生方への感謝の念でいっぱいになりました。

    やはり音楽はいいな、と感慨深い1日となりました。

    バロック インヴェンション講座

    2015/09/15

    本日は、赤松林太郎先生のバロック・インヴェンション講座がピアノハープ社ギャラリーにて行われました。
    対位法は、音楽を学ぶ上でも指導の上でも欠かせない重要なテーマで、対位法を美しく、音楽的に仕上げるための知識と演奏指導法を伝授していただきました。

    毎回赤松先生の講座は分かりやすいエピソードとともに軽快なトークが面白く、グッと凝縮された時間となりました。

    今回はバロックの中でも学習者にとっては避けて通れないJ.S.Bachのインヴェンション15曲の概略とそれぞれのポイントをお話いただきました。

    指導者にとっては、一度学習済みのものではありますが、何度やっても飽き足りないほど内容は深く、その都度新たな発見があり、ますますバッハの奥深さに魅了されます。

    印象的だった内容は、

    ◼︎左手の終止形を探す
    終止形といっても、完全終止(Ⅴ7-Ⅰ)、半終止(Ⅴ)、偽終止(Ⅴ-Ⅵ)など様々な終止形がありますが、分かりやすいのは、Ⅴ(7)-Ⅰの完全終止。
    それを探すことで、次の提示部が明確になり、全体を把握しやすいというのがメリットです。

    ◼︎和音が聞こえるように弾く
    左手のベースラインが単音で構成されていても、常に和音を想像しながら曲を捉え、演奏していくということ。
    いわゆる通奏低音(バロック音楽における伴奏の形態で、ベースラインに適切な伴奏を付けて演奏すること)です。
    これは、日々のレッスンで取り入れている和声分析の重要さを改めて実感します。
    導入期から、分かりやすい簡単なものから分析を継続していくと、常に和声を意識しながら演奏できるという点では、曲の内容を重視したレッスンの大切さが身にしみます。

    ◼︎tr(トリル)は音価の長い音符から優先的に
    しっかりと響かせることが大事で、それがバロック音楽の特徴でもある、[和声で縛る]ことにつながるということ。

    ◼︎シンコペーションの役割
    1音で1つの和音を構成するのではなく、その先のもう1つの和音も支えるだけの音量をもって演奏するということ。

    これ以外にも、

    ・各曲ごとに音量に責任をもって演奏すること
    ・偽終止と最後のデクレッシェンドの関係
    ・インヴェンションを4声と捉えた時に、聞こえづらい中声部(テノール)の出し方
    ・バッハの3要素(舞曲、対位法、ファンタジア形式)

    など多くの注意点がありますが、バッハの音楽には、それらを理解し、音に隠されたメッセージを読み取り、宗教的な音楽により近づけ、美しい響きを作り上げる醍醐味があるように思います。

    次回はインヴェンションに引き続き、シンフォニアの講座も新たな発見がありそうで楽しみです。